11月の保育
− 副園長先生のことば − つれづれに
秋も深まり紅葉の美しい時となって参りました。移りゆく季節の変化に、子ども達自身どのように気づいているのでしょうか。美しいと感じる感性が育っているでしょうか。少々心配しています。いきなりこのようなことを申し上げましたが、子ども達のお話があまりに物であふれているように思われるこの頃です。
そして、便利な生活。体の不自由な人や高齢の方たちにとって、以前に比べるとだいぶ生活しやすくなってきているのではないでしょうか。まだまだ不十分な所はありますが、それに対し健康で、これから育とうとしている子ども達にとっては、どうなのでしょう。公共の施設やその他色々な所で、蛇口をひねりながら手を出すだけで水が出、人を感知して電気が点灯したり消えたりします。トイレでもです。
幼稚園では、蛇口をひねらなければ水は出ず、トイレも自分で水を流さなければ流れません。流し忘れが多いです。歩くことも少なくなっていますよね。安全な場所が少ないこともありますよね。そして、歩こうと努力してもなかなか大人が思うようには子どもは歩いてくれず、大人もイライラし、余裕がなくなっていますよね。
そのせいもあるのでしょうか。どうしてこんな所で転ぶの?ということがよくあります。時には転んでも手が出ないため、そのまま顔を打ってしまっています。今の生活の中では、なかなか難しい問題です。スポーツ教室や何かだけでは、補いえないのでしょう。意識的に選択し行動していかないといけないでしょうね。子ども達にとっても、楽しい部分がないと長続きしないでしょう。たとえば、歩くということでも歩くために歩くではなく、そこには親子で親しめるもの、発見や喜びがなければ歩いてくれないことでしょう。
身体的なことは目に見えますが、目に見えることだけではなく目に見えないものにも大切なことがあるということを皆様お思いになっておられることでしょう。人間が神の似姿として作られたということも、この辺にも関係するかも知れませんね。
今回は、思いつくままに書いてしまいましたので支離滅裂になってしまいましたが、子ども達の体と心をじっくりと大人の思いではなく、生の子どもを観てください。
そして、佐々木正美先生の「子育て暦、ことばの森」から、
親にしかできないことを
子どもにしてあげること。
この言葉を皆様にお贈りしたいと思います。